ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。

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大阪は十三で小さなモルトバーをやってます。めずらしくシェーカーを振ってみると、常連さんはビックリ、店は緊張の渦に。奈良漬の頭脳は、常に遊ぶ事と酒の事ばかり考えています。 店で会える日を楽しみに・・・。
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2006年08月24日

飲酒記憶喪失事件

 高校を卒業して、大学も来てもいいと言ってくれ、生まれて初めての独り暮らしが始まろうとしていた。しかし、同級生で同じ大学に進学した学友もなく、親類縁者も全くいない、初めての土地に一人で住むというのは不安なものである。合格発表までは、もう一人同じ大学に行くやつができると思っていたのに。

 例の悪友軍団5人は、大阪の予備校、石川、東京、仙台、広島の大学とばらばらになることが確定した。4月に入るとそれぞれ引越してしまう。ということで3月31日の夕刻、いつものジャズ喫茶。一人だけ進学が決まっていない(予備校に進学したとは当人の言)やつも、当然のように参加。

 この日は、飲みに行くからと宣言の上、小遣いまでせしめていった。母親がすんなり小遣いをくれたことが、少し気味悪かった。父親に教えられた?こんな風は理解していないので、どんな風に飲むことになるかは、行き当たりばったり。全員、財布に十分(いくらあったら十分なのかは不明)入れてきているという。

   
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Posted by comemas at 09:00Comments(1)TrackBack(3)ジャパニーズ

2006年08月17日

ボトルキープ発覚事件

 8月6日に書いたように、じゃんけんで負けた私は、キープ券を保管する羽目におちいった。家に置いておくのもまずいし、といって学校内で見つかるのはもっとまずい。とりあえず、薄手の黒い紙で包んで、定期入れに入れて持ち歩いた。

 6月にはいると、制服が夏用の白いカッターシャツになる。定期入れの秘密は、胸のポケットに収まって、毎日私地一緒に通学する日々が続いた。

 ある日、そのカッターシャツから定期入れを出し忘れたまま、洗濯カゴへほりこんでしまった。母親も気づかぬまま、洗濯してしまったようだ。定期券とキープ券が、仲良く並んで、風呂場の窓にへばりついていた。ついでに、黒い紙まで干されていた。その黒色は、葬式のイメージにピッタリ。  
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Posted by comemas at 13:37Comments(3)TrackBack(0)ジャパニーズ

2006年08月06日

初めてのボトルキープ

 早く人間になりたい時期を通過して、初めて大人になれるような気がする。自分では一人前のつもりなのだが、周りは半人前にしか扱ってくれない時代。それが、中学から高校にかけての6年間ではないだろうか。親に養ってもらっていることに考えが至らないぐらいの幼稚さを持っているにもかかわらず、親が目をつぶってくれる裁量内であることに気づかぬまま、無謀な行動を取り続ける。

 その当時、私の中の3悪であり3憧れは、酒・パチンコ・女であった。

 私は中学から、中高一環の私立の男子校に通っていた。これは、塾を開いていた両親の洗脳(何が何でも私立の学校に入れ)によるものである。奈良の橿原から大阪の天王寺まで1時間余りかけて通い続けた6年間。田舎育ちの私にとって、大阪の天王寺から難波にかけては、誘惑の巣のコロニーといえた。

 当時、ずっと大阪で育った、私よりはスレッカラシの悪友と5人組でよく集まった。飲み屋に初めて連れて行かれたのも、エロ本(ビニ本だったと思う)を初めて見せられたのも、マージャンを教えられたのも全部彼らのおかげである。当時も、今も、感謝感謝。  
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Posted by comemas at 13:16Comments(4)TrackBack(0)ジャパニーズ